発酵と腐敗のあいだで~適応する菌とやかましい私~

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ごきげんよう、カノコ菌です。

最近、菌に興味を持ちました。

ベランダとキッチンでリボベジに挑戦し、そこからどんどん繋がっていきました。
生ゴミになる予定だったニンジンの頭や冷蔵庫にあったニンニクの一片が、もう一度葉を伸ばすのを見て
「命ってすごー!!」って思いました。

そして次に土壌に興味が向きました。
土の中では、無数の菌が分解を担い、栄養を循環させながら、見えない生態系を支えています。

そんな流れで、EM農法というものを知りました。

EMとは 「Effective Microorganisms」の略で、
乳酸菌や酵母、光合成細菌など、複数の微生物を共存させた資材のことです。
土壌環境を整え、微生物の働きを活性化させることで、植物の生育を助けようという考え方です。

「目に見えない菌が、環境を変える」
という発想に、強く惹かれました。

私は植物を育てているつもりで、
実は土の中の微生物たちを育てているのかもしれない。

そして私は次に、味噌を作ってみたいと思いました。
微生物と一緒に何かを育てるという行為に、強く惹かれたのです。

味噌の作り方を知りたくて、YouTubeで動画をいくつも見ていました。
麹の扱い方、塩の割合、熟成の期間。

そんなふうに発酵の世界を覗いているうちに、
関連動画に「天然酵母」の動画が現れました。

100年継がれているスターター。

瓶の中でモコモコと泡立つそれを見た瞬間、私は正直引きました。

スライムに見えたのです。
しかも100年生きているスライムです。

半分捨てて、また粉と水を足すという工程を聞いて、
「半分捨てるなんてもったいない」
と思った私は、脳内でその全部を育て始めました。

倍。
さらに倍。
さらに倍。

部屋が埋まり、街が埋まり、最終的に地球を飲み込むところまで想像が進みました。笑

調べていくうちに、発酵と腐敗の違いを知りました。
本質は同じ「分解」です。

微生物が有機物を分解しているという現象は同じで、人間にとって都合が良ければ発酵、不都合なら腐敗と呼ぶそうな。

自然界には、そのラベルはありません。

土の中では分解者。
台所では腐敗菌。

たとえばボツリヌス菌です。
土壌に広く存在する嫌気性細菌で、酸素のない環境を好みます。

この菌は、条件が揃うと「ボツリヌス毒素」という神経毒を作ります。
この毒素は、神経の末端から筋肉へ送られる「動け」という信号を遮断します。

脳が命令しても、その情報が筋肉に届かなくなるのです。

その結果、筋肉は動かなくなります。
大量に摂取すれば、呼吸筋も止まり、命に関わります。

けれど、この同じ毒素は、精製され、ごく微量に調整されれば医療になります。
筋肉の過剰な収縮を抑える治療や、美容医療で使われているボトックスは、この毒素です。

同じ分子が、
環境と量が変わるだけで、
毒にもなり、治療にもなるのです。

さらに、大腸菌もそうです。

「食中毒」という言葉と一緒に語られることが多い菌ですが、実際には私たちの腸内に普通に存在しています。
腸内では、ビタミンの合成を助けたり、外から入ってくる有害菌の定着を防いだりしています。

もちろん、病原性を持つ特定の株は食中毒を引き起こします。
けれど大腸菌という属全体が「悪者」なのではありません。

そして研究の世界では、大腸菌は最もよく使われる実験生物のひとつです。
遺伝子を組み込まれ、人間のインスリンを作り、ワクチンや薬の研究を支えています。

かつては糖尿病の治療に、動物の膵臓からインスリンを抽出していました。
いまは、大腸菌が作っています。

悪者と英雄は、固定された役割ではなく、
環境と条件によって立場が入れ替わります。

そして枯草菌も同じです。

枯草菌は、土壌や枯れ草の表面に広く存在する細菌です。
空気のある環境でも生きられる好気性菌で、タンパク質を分解する力を持っています。

自然界では、枯れた植物や有機物を分解し、栄養を循環させる「掃除屋」の役割を担っています。

けれどその分解の過程で、アンモニアやアミン類といった強い匂いの成分が生まれることがあります。
それが食品の中で起これば、私たちはそれを「腐敗」と呼びます。

しかし同じ枯草菌の仲間が、納豆を作ります。

納豆菌は、枯草菌の中でも人にとって有益な性質を持つ株が選ばれ、固定されたものです。
大豆のタンパク質を分解し、アミノ酸を増やし、ビタミンKやナットウキナーゼといった成分を生み出します。

分解しているという点では、腐敗と本質は変わりません。

けれど環境が整えられ、菌株が選ばれ、管理されれば、それは発酵と呼ばれます。

同じ属の菌が、
土の中では循環を支え、
食品の中では腐敗を起こし、
工場では納豆を作ります。

ボツリヌス菌も、大腸菌も、枯草菌も、
善でも悪でもなく、
神経を止めることも、
タンパク質を分解することも、
ビタミンを作ることも、
ただ環境に応じた代謝の結果です。

毒と呼ばれることもあれば、
医療と呼ばれることもある。
腐敗と呼ばれることもあれば、
発酵と呼ばれることもある。

自然には序列はなく、
上も下もなく、ただ適応があるだけです。

もうひとつ、心を掴まれたことがあります。

酵母は「菌」とひとまとめにされがちですが、実は細菌ではありません。
酵母は真菌、つまりカビやキノコの仲間です。

細菌は原核生物と呼ばれ、細胞の中に核を持ちません。
構造は比較的シンプルで、とても小さな生き物です。

一方、酵母は真核生物です。
私たち人間と同じように、核を持ち、ミトコンドリアなどの細胞小器官も備えています。
構造としては細菌よりも複雑です。

それでも酵母は、単細胞のまま生きています。

単細胞とは、ひとつの細胞がそのまま一個体として機能している状態です。
多細胞生物のように、役割分担をしていません。

多細胞になれなかったのではありません。
ならなかったのです。

単細胞で、十分だったからです。

進化とは、その環境で生き延びられる形が残る。
ただ、それだけのこと。

細菌は細菌のままで何十億年も生き延びています。
酵母は単細胞のまま、世界中でパンを膨らませています。
キノコは多細胞になり、森を支えています。

そこに優劣はなく、
あるのは適応だけです。

私は、無意識に序列を作っていたかもしれません。

研究者のほうがすごい。
発見した人がすごい。
多くを知っている人が上で、知らない私は下。

複雑なほうが価値があり、
高度なほうが尊いと、思っていたかもしれません。

でも酵母は、単細胞のまま、十分に世界に作用しています。

序列は、人間が作った便利な物差しです。
けれど自然は、その物差しを使っていません。

単細胞で十分だった存在がいる。

それでも私は、まだ少し悔しい気持ちがあります。
子どもの頃から、「何かを発見する人」になりたいと思っていました。
世界の仕組みに、観察者ではなく参加者として触れていたい。

でも、
抽象だった概念が、具体に降りてくること。
善悪というラベルを剥がすこと。
境界の成り立ちが見えること。

それもまた、小さな発見なのだと気付きました。

いまはまだ、私のキッチンに天然酵母の瓶はありません。

けれど、きっといつか置くのだと思います。

そのとき私は、
あのスライムを少しだけ信頼しながら、
環境に従う小さな生命とともに、
静かにこの世界に参加していくのでしょう。

発酵と腐敗のあいだで、
善でも悪でもなく、
ただ適応だけが、
今日も静かに続いている。

カノコ菌

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